投資家村上誠典氏が語るモビリティSaaSの可能性 〜グロースキャピタル「THE FUND(ザ・ファンド)」からのニーリーの投資評価とは〜

 
■プロフィール:
投資家 村上 誠典氏
兵庫県出身未来投資家。ゴールドマン・サックスにてM&A、投資、資金調達、IRの専門家としてグローバル企業のコーポレート・アクション、転換を数多く経験。退職後、未来世代に引き継ぐ新産業創出を目指し、ポストIPOスタートアップを掲げ、シニフィアンを創業。急成長する上場・未上場テクノロジー企業の経営に、投資家、取締役、アドバイザーなどの立場で関与し、成長を推進。国内初グロース・キャピタル「THE FUND」創業。現在、スタートアップ投資を通じて、持続性、社会性、ガバナンスを重視したエンゲイジメント活動、経営力向上、人材育成に注力。シニフィアン株式会社共同代表、株式会社SHIFT社外取締役、株式会社SmartHR社外取締役、株式会社BitStar社外取締役他。著書、サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える。
 
株式会社ニーリー 代表取締役 佐藤 養太
2007年に金融機関向けシステム開発会社シンプレクス・テクノロジー(現シンプレクス株式会社)に入社。 エンジニア、後にプロジェクトマネージャーとしてネット銀行/大手証券会社向けにシステムを導入。 メガバンクのデリバティブDWH案件をPMとして実現した後、2011年にGMOクラウド(現GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社)にて海外での新規事業検討、エンタープライズ向けクラウド事業を担当。 その後大手事業会社の新規事業プランコンテストでの準グランプリ受賞を期に2012年に独立。 以後、大手企業の新規事業開発案件を中心に事業企画から開発まで手掛ける。
 
 
各業界のインフラを担うスタートアップへの投資
―今回、初期の頃から弊社に投資いただいた背景をお伺いできますでしょうか。
 
村上氏 THE FUNDは200億円のファンドで、10社程度投資をしてますが、そのうちの一社がニーリーです。投資先の業界はバラバラですが、ユニコーン企業として有名なスマートHR(HRSaaS)、アストロスケール(宇宙)、最近上場したベースフード(D2C)、アイ・グリッド・ソリューションズ(エネルギーインフラ)、hacomono(ウェルネス)、タイミ―(HR)など、多種多様な業界のトップカンパニーに投資させていただいております。
投資先の基準としては、社会性と持続性を有し、将来産業インフラとして各業界のリーダーになるような企業ということと、上場自体がゴールではなく、その先に大きなミッションビジョンがあって、それを実現できる可能性がある企業に投資させていただいています。
 
佐藤 弊社に投資いただいたのが2020年の10月、THE FUNDとしては3社目でしょうか。当時御社はレイタ―ステージ、プレIPO銘柄を中心に投資されるということでしたが、弊社がまだプレシリーズぐらいの時に、なぜ投資いただけたのかお伺いできればと思います。
 
村上氏 我々は決してレイターステージファンドというわけではなく、ポストIPOを見据えたグロースキャピタルなんです。THE FUNDは数十億から数百億円の資金調達をする会社に、2桁億円投資するのがスタンダードですが、資金需要が小さい会社にも例外的に投資できるよう若干枠を設けておりそれを活用しました。なぜニーリーに出資したのかというと、御社の戦略やプロダクトがかなり明確だったからです。もう一つはコロナの影響を踏まえてこれからテクノロジー×インフラのセクターがどんどん来るだろうなと思っていた中で、まさに御社はモビリティSaaS、MaaSというセクターでリブランディングされてきました。これから自動車や人が移動する地域社会のインフラが、脱炭素社会の中でデジタル化されて管理されていくにあたって、ニーリーのアプローチは地味だけれど非常に良いデータを取り得ると思います。ニッチなアプローチだからこそ、戦略的な不確実性に対してある程度リスクが取れると思えたのが、投資の背景です。この社会課題を解決して、社会インフラになっていくというニーズをしっかり捉えていた、ということなしには逆に投資は難しかったと思っています。
 
佐藤 村上さんにご決断いただいて感謝しかありません。
それから、今年の4月にモビリティSaaSとして転換を迎え対外的に打ち出しをする際に、村上さんから「せっかく資金調達のプレスリリースを出すなら採用も積極的に打ち出そう」と言っていただき、多くの方々に入社していただくきっかけになりました。
今後のマーケットの変化という話がありましたが、モビリティインフラとしてビジネスをしていく観点で、村上さんから見た弊社の強みや面白さもお聞かせください。
 
村上氏 スタートアップは開発に大きな不安を抱えているケースが多いです。特にインフラ事業のように複雑性が増し逐次的に開発リソースが必要になると一気にスタックしたり、効率性が下がるというのは何度も見ています。その点ニーリーは創業メンバーを中心とした、開発マネジメントの実績は安心感であり一つの強みだと思います。社会インフラ実装型のプロダクトの複雑性の中でも実装していける可能性が高いと期待できる。これは意外にユニークで、事業特性に合った強みかなと思ってます。
それからモビリティでいうと、テスラやGoogleが自動運転で注目を集めて、世界中で自動運転に投資されていましたが、車を”どう管理しているか”にはこれまで大きな注目を集めるには至らなかった。今後、自動運転から脱炭素という流れの中で、自動車の管理から入っているニーリーにはチャンスがあると思います。インフラの方がモートを築きやすい可能性はあると思います。テスラやGoogleがやっていることは派手で面白いですが、その一方で競争も激しい。今後ニーリーに課題があるとすると、「多様なステークホルダーがどれだけ連携してくれるか?」という点であり、今後組織的にチャレンジすべきことだと思います。それを補える強みとして開発力は活かせると思うので、しっかり組織昇華していってモビリティ社会、脱炭素社会において、インフラ企業として不可欠なリアルデータを保有できれば、面白い存在になっていけると期待しています。
 
 
Park Directを取り巻くモビリティマーケットの環境とビジネスモデルの魅力
 
―マーケットやビジネスモデルの魅力について、もう少しお聞かせください。
 
佐藤 モビリティSaaSと銘打って駐車場DXと車に関わる様々なサービスを展開し始めていますが、弊社の取り巻く市場環境や社会課題に対する貢献度についてのお考えをお伺いします。
 
村上氏 注目すべきは、世の中のみんなが不便と思ってはいたけれど、なかなか改善されてこなかった駐車場の契約管理実務に着目して、DXのメスを入れたということです。車って何千万台と走っていますから、ごく一部の人だけが関わるスーパーニッチな領域ではなく、「社会的な影響度は大きいけれど取り残されていたDX」の一つかなと思います。必要だけど放置されていたことに目を付けられていること自体が非常に大きい。
DXってソフトウェアのコードを書けばよいとか、そんな単純な話じゃないと思っています。価格戦略、販売そして広げる仕組み、プロダクトとメンテナンス、あらゆることをやって初めてDXするので、上手く設計できない限りは広く導入されないし、モートを築くには至らない。そこを導入初期から今と変わらず設計できていたことが、ニーリーさんの最初の価値提供だったのかなと思います。
 
佐藤 おっしゃる通り色々な方に、「よくこの市場を攻めたね」と言われます。私自身Park Directのビジネスモデルに非常に面白さを感じており、今のお客様は不動産管理会社で、いわゆるバーティカルSaaSと言われるような特定業界向けのSaaSとして認知されていると思います。一方で、車の所有者視点で見るとホリゾンタルであるという点に面白さがあると思っています。
SaaSというビジネスモデルの面白さって、例えばBtoCのアプリでいうと個々人の時間シェアをどう取っていくのか?という可処分時間の奪い合いになりがちなのですが、SaaSはむしろ使っていただく方の可処分時間を増やしていく方向でマネタイズができるところに面白さを感じますね。
 
村上氏 もう一つ、ビジネスモデルの発展性にも繋がる部分で面白いのがステークホルダーの多さです。実は成長が止まってしまうサービスには、シンプルすぎるステークホルダーの関係性があるんです。「この人が買ってくれるから成り立つビジネス」っていうのは、その人の状況が変わると市場がなくなるんですよ。特定のステークホルダーの状況に依存しすぎているので、状況が変わると成り立たない。
Park Directは一見すると不動産管理会社など、特定のステークホルダーだけを向いてるようにみえて、実は自動車というものを取り巻くステークホルダーって多様なんですよね。今ニーリーで色々な展開が見えてきてるのは、潜在的なステークホルダーが周りにいたことが要因かと考えています。プロダクトを磨きながら発展していくときに徐々にステークホルダーを増やしながら、そのステークホルダーにまた新たな価値提供できる機会を作っていけるのが、このビジネスモデル上の面白さなんです。
多様なステークホルダーにとって価値提供してるものって、無くならないんです。このチャンスがまだまだ残っているのがこのサービスの面白いところだと思うんです。持続性が高いビジネスに昇華できるチャンスがあるということ。しかもそれが、結果的にはマスマーケットのインフラの一部を構成しているところに面白さがあるのかなと思います。
 
佐藤 Park Directは自動車を取り巻く巨大な市場が既にあったからこそDXの部分を担えたのが大きいです。村上さんがおっしゃっていた、「ソフトウェアのコードを書けばDXできるわけじゃない」というのは、その通りだなと思います。我々も最初のプライシングモデルは全くはまらず、鳴かず飛ばずで本当にこの事業はうまくいくのかと思いました。営業する過程でプライシングも見直して初めて認めていただけるようになり、シニフィアンさんからの投資にも繋がったので、すごく大事な視点だと思います。
2020年のセミナーで、これから電気自動車(BEV)の時代が来るよというお話をさせていただいたんですが、色々な方に日本はまだまだ来ない、と言われました。セミナー開催当時は経済産業省のグリーン成長戦略*1が出る前で、来ないといわれる大きな要因は日本の国内自動車メーカーが動いていないからだと言われていました。今は国内自動車メーカーが各社動き始めたこともあり、大きな花を咲かせられる種まきのまさに仕込み時と考えています。
 
村上氏 「サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える*2」という本を出版してるんですが、消費する側のリテラシーが上がれば、社会がより進みやすくなるという言葉を書いていて、まさにニーリーの存在がEVの社会浸透と価値を可視化することで、日本におけるEVの浸透が早まる可能性もあると思います。放っておいても浸透しませんが、Park Directというインフラが入ることにより見える化するんです。消費者のリテラシーを上げるというのは、気付かせることなんです。脱炭素も見える化することによって進むという構造を生み出そうとしていますが、見える化する際に、Park Directがインフラを担っていることによって、今の社会課題の解決を後押しする存在になれるという意味では、実はすごく社会性が高い側面を持っていると感じています。
 
佐藤 僕も本当にそう思っていて、弊社の活動がそれを加速するためのきっかけになればいいなと考えています。先日、弊社のユーザーに対して電気自動車(BEV)に関するアンケートを取ったのですが、買おうとして諦めていた方が本当にたくさんいました。理由は充電インフラがない、つまり充電スタンドが近くにないということでしたが、そこを切り開くためのプロダクト展開をしていきたいですね。
 
 
”多関節”な事業の今後の展望と可能性
村上氏 ニーリーのビジネスモデルはすごく多関節なんです。関節がちょっとずつしか動いていないので、色々な意味で遅効性もあるし広がりもある。KPIが上がっていくことで、加速度的に売上や商圏、社会的価値が増えていく。こういう、スパイラル性やネットワーク効果を持ったビジネスモデル・KPI設計にも特徴があります。従って、表面上のPLだけ見ていてもニーリーの事業の発展性がわからない。そこも経営戦略上しっかりと理解をして取り組んでいくのが大事だと思います。これまではPark Direct1本でやってきましたが、これからインフラをどう取り込んでいくのか?ステークホルダーを巻き込んでいくか?など、同時にプロダクトが複線化し複雑化していく中で、いかに投資優先度と財務規律を利かしながらやっていくかが勝負だと思います。
投資余力や、人材など当たり前の課題はあるとして、もう一つ重要になってくるのが、会社としての品格でしょうか。ニーリーと組むという判断をする地方自治体や大企業が増えてくるわけですよね。そのときにニーリーの会社としての品格が試される。それにはプロダクトの設計や営業サポートがしっかりしているなど、しっかりと信用を勝ち取ることが必要です。この会社に大事なデータを預けようと思われるには、品格が問われます。信用できて、この人たちと一緒にやりたいと思ってもらえるような、チャーミングかつ信頼できるカルチャーを全社で作り上げることができれば、社会から本当に愛される会社になれるのかなと期待しています。
 
佐藤 貴重なお話をありがとうございました。